アフリカにおける奴隷貿易のときに
もちろん西欧諸国が歴史的に残虐な思考ときっかけを作ったのは事実
金や鉱資源や豊かな農作物で潤っていたアフリカ民族の長に、ヨーロッパの銃
や武器などをあげる代わりに奴隷をくれと、甘い誘惑をし、長はそれにのってし
まい、人々を売った。
そこから暗い道のりが始まった。
でも、忘れてはいけない、それを助長させた原因の一つは、アフリカにおける民
族紛争の多さだったという。
つまり、西欧諸国に対抗するために一つになろう!なんて、到底無理なくらいに
アフリカ民族同士が争っていたのである。
ヨーロッパ人にとっては格好のタイミング。それを狙ってたのか。
奴隷貿易が入ってきてからはどろ沼で、隣の民族との戦いに負けてしまっては
自分たちが奴隷として売られてしまう。だから死にもの狂いで、戦う。そのため
には武器がいるので、武器を買うためにやはり奴隷を出すことになる。奴隷を
出すには、相手を撃ち落とし、捕虜とした敵側の人間を奴隷としてヨーロッパ人
に売る。
もし、民族同士が過去の裏切りや傷を許し、戦いをやめて、一つになってたら、どうなってたんだろう。少しは、違う結末になっただろうか・・
いつか、JICAのスタッフの方に招かれた食事会で、こんな質問をされたことがあった。
「戦後の日本やアジアの公衆衛生などの発展・回復のスピードは、やはり世界の国々の中でもすごく早かったみたいなんだよね。どうしてだと思う?」
直感のようなものがおりてきた。
「チームワークが一つの良い原因だったんじゃないでしょうか。」
アジアにはいろんな国があって、文化も歴史も違うけれども、なぜかいつも連想させるのが、「協調性」。
欧米・アフリカなどからは連想しないこの言葉。
アジア人は他の大陸よりも、一体となって協調しあうことにあまり苦を感じないと
いうか、すんなりできる特性があるような気がする。日本は特に「同じでいるこ
と」が得意じゃない?それは悪くいえば主張が少ないとか、個性の欠如とか欧
米社会では言われかねないけど。でも「和」という精神自体は素敵なこと。
なんでもバランスだね。
仕事もそう。会社一つとってもそう。スポーツだってそう。夫婦だってそうだよね?
チームワークがうまくいってるところは、うまくいく。
お互いを理解し合おうと努力して、コミュニケーションをお互いによくとって、
相手を知ろうとすること。
だって、言わなきゃわからない。聞かなきゃ相手もわからない。
そして人々が結集して一つになったときのチカラと熱気といったら、それはすごいものだよね。きっと誰でも、その熱気を一度は体験したことがあるのではないかな。
そう、あのチカラこそ一瞬の奇跡。
そうやっていろんな国のいろんな歴史や、自分の身の回りのことまでを妄想していたら、やっぱり強く感じたんだ。
とてもシンプルなことなのに けっこう難しい、奇跡のちから。
人が一人一人集まって
一つになるって
すごいことなんだ。
Saturday, January 23, 2010
Friday, January 15, 2010
For children
http://www.youtube.com/watch?v=sZftrElZxuY
The power of music.
~ One heart, One soul, One love~
Music has a lot of possibilities to let you
Believe yourself,
Have a courage to get over any difficulities,
Have a hope,
Feel that you are the loved one by nature,
Free your mind,
Show your real feeling and praying.
It’s called “ Faith”.
We can be the ONE through the music.
That power is stronger than any power.
Because that is love.
We need to feel love together for children’s future.
Children is a future of Ghana and the world.
Enjoy music together.
Make a smile together.
To feel everyone is blessed and we are the one.
The power of music.
~ One heart, One soul, One love~
Music has a lot of possibilities to let you
Believe yourself,
Have a courage to get over any difficulities,
Have a hope,
Feel that you are the loved one by nature,
Free your mind,
Show your real feeling and praying.
It’s called “ Faith”.
We can be the ONE through the music.
That power is stronger than any power.
Because that is love.
We need to feel love together for children’s future.
Children is a future of Ghana and the world.
Enjoy music together.
Make a smile together.
To feel everyone is blessed and we are the one.
Afehyiapa 2010!
新年の一言。
Passion and Truth. That is all I need.
Afehyiapa!!!(アフィーシアパ~ = 年がすぎるね!=メリークリスマス)
アフェーコメィトゥイエン!!!=新年がきたね!=おけましておめでとう
2010年。あけましておめでとうございます。
ブログのお引越しをしました。
今後ともよろしくお願いします。
元旦に感じたことは
「無心で踊れる自分になろう」
Free your mind.
あおがなぜか どうしても気になる。
私の愛する色 深い深い青、緑と青のあいだの色。
地球の青、海の青、空の青。
このまえ見つけた素敵な 深い青のドレスが頭から離れない。
ある恩師がアフリカに来る前に私に言った。
「人助けじゃ、生きてなんていけないよ」
まったくその通りである。
今の日本の社会では。
競争原理に基づいた社会構造。資本主義の中では。
利益をあげなくては生き残れない。人を助けてる暇なんてない。
だけど、人間はそのように暮らすために生れてきたはずじゃない
って、私の細胞のどこかが小さく小さく叫ぶ。
理屈ではない何かが。
その声を無視して、なにか忘れていくのが怖かった。
本当にわくわく・いきいき生きるためのコツは何ですか?
そんな疑問があるならば、声を大にしてあの言葉を伝えたい。
「人の喜ぶことをすることだよ」って。
子の笑顔をみたときの親の笑顔がまた美しいのは、
その喜びは、自分だけのために得た喜びなんかより遥かに深い幸せを与えてくれるから。
人の自然の姿というものを科学者の視点で伝えた村上和雄・筑波大学教授の本を隊員仲間の紹介で最近読んだ。( 「人生の暗号」より)
「争いよりも協調で進化する」(会社の合併もその一つ)
「生命体は弱肉強食ではなく、共生的である」
ということを知りたければ、人間の細胞をみてみるとよくわかるのだそうだ。
―個々の細胞は、常に全体に奉仕する形で働いている。
全体は個々の細胞が生きられるようにコントロールしている。
個々の細胞間でも助け合いが行われている。
つまり、助け合うことは、自然の姿そのものであり、自然体こそが最適な生き方の選択である。
この細胞の働きぶりは、人間と地球の関係にも当てはまる。
人間は自分のことを考えると同時に地球のことも考えなくてはいけない。
つまり、自然に従わない生き方は、いかに文明を発達させようとも、けっして人間を幸福にはしないということである
科学はその自然の素晴らしさを解き明かし伝えるために始まったのであり、常にそういった精神性と関わっているべきである。
(科学の一人歩きになると、クローン人間などという間違った方向にむかう危険がある)
そして宗教や精神性のほうも、その世界だけに閉じこもるのではなく、科学の力をかりて、伝えていくことも必要である。―
というように書かれておられました。
つい最近に開かれたJICA隊員・関係者に対する映画上映会で、素敵な映画と出会いました。
題名は 「4分の一の奇跡」。
障害者学校の先生をしておられる山本加津子さんを中心にしたお話です。
そこで上記の本とも出会いました。
国連事務所も注目し、今後いろんな場所で使用される可能性がある映画だそうで、
映画の最中は涙がこらえきれませんでした。
その中にでてくる、“だいちゃん”の詩が、深く私の中に刺さりました。
それをここに載せたいと思います。
「戦争は 人の手足だけを持ってくんやないんやな
戦争は 人の心も 持って行くんやな 」
それがあたなたにとって本当のことなら、
きっとみんな、同じところにむかっているんだね。
だから、やっぱり私が感じてたことや選んだ道は決して間違ってはいないと
おもったんだ。
新年から素敵な映画をみる機会に恵まれ、感謝でいっぱいでした。
いまのきもち、水色。
Passion and Truth. That is all I need.
Afehyiapa!!!(アフィーシアパ~ = 年がすぎるね!=メリークリスマス)
アフェーコメィトゥイエン!!!=新年がきたね!=おけましておめでとう
2010年。あけましておめでとうございます。
ブログのお引越しをしました。
今後ともよろしくお願いします。
元旦に感じたことは
「無心で踊れる自分になろう」
Free your mind.
あおがなぜか どうしても気になる。
私の愛する色 深い深い青、緑と青のあいだの色。
地球の青、海の青、空の青。
このまえ見つけた素敵な 深い青のドレスが頭から離れない。
ある恩師がアフリカに来る前に私に言った。
「人助けじゃ、生きてなんていけないよ」
まったくその通りである。
今の日本の社会では。
競争原理に基づいた社会構造。資本主義の中では。
利益をあげなくては生き残れない。人を助けてる暇なんてない。
だけど、人間はそのように暮らすために生れてきたはずじゃない
って、私の細胞のどこかが小さく小さく叫ぶ。
理屈ではない何かが。
その声を無視して、なにか忘れていくのが怖かった。
本当にわくわく・いきいき生きるためのコツは何ですか?
そんな疑問があるならば、声を大にしてあの言葉を伝えたい。
「人の喜ぶことをすることだよ」って。
子の笑顔をみたときの親の笑顔がまた美しいのは、
その喜びは、自分だけのために得た喜びなんかより遥かに深い幸せを与えてくれるから。
人の自然の姿というものを科学者の視点で伝えた村上和雄・筑波大学教授の本を隊員仲間の紹介で最近読んだ。( 「人生の暗号」より)
「争いよりも協調で進化する」(会社の合併もその一つ)
「生命体は弱肉強食ではなく、共生的である」
ということを知りたければ、人間の細胞をみてみるとよくわかるのだそうだ。
―個々の細胞は、常に全体に奉仕する形で働いている。
全体は個々の細胞が生きられるようにコントロールしている。
個々の細胞間でも助け合いが行われている。
つまり、助け合うことは、自然の姿そのものであり、自然体こそが最適な生き方の選択である。
この細胞の働きぶりは、人間と地球の関係にも当てはまる。
人間は自分のことを考えると同時に地球のことも考えなくてはいけない。
つまり、自然に従わない生き方は、いかに文明を発達させようとも、けっして人間を幸福にはしないということである
科学はその自然の素晴らしさを解き明かし伝えるために始まったのであり、常にそういった精神性と関わっているべきである。
(科学の一人歩きになると、クローン人間などという間違った方向にむかう危険がある)
そして宗教や精神性のほうも、その世界だけに閉じこもるのではなく、科学の力をかりて、伝えていくことも必要である。―
というように書かれておられました。
つい最近に開かれたJICA隊員・関係者に対する映画上映会で、素敵な映画と出会いました。
題名は 「4分の一の奇跡」。
障害者学校の先生をしておられる山本加津子さんを中心にしたお話です。
そこで上記の本とも出会いました。
国連事務所も注目し、今後いろんな場所で使用される可能性がある映画だそうで、
映画の最中は涙がこらえきれませんでした。
その中にでてくる、“だいちゃん”の詩が、深く私の中に刺さりました。
それをここに載せたいと思います。
「戦争は 人の手足だけを持ってくんやないんやな
戦争は 人の心も 持って行くんやな 」
それがあたなたにとって本当のことなら、
きっとみんな、同じところにむかっているんだね。
だから、やっぱり私が感じてたことや選んだ道は決して間違ってはいないと
おもったんだ。
新年から素敵な映画をみる機会に恵まれ、感謝でいっぱいでした。
いまのきもち、水色。
口にすると消えちゃいそうだよ
18/10/2009
今朝 不思議なゆめをみて 休みだというのに 早朝に目が覚める いつも私のゆめは何か言いたげで 正夢も今までに幾度もあったけど いきなりCharaがでてきたのはびっくり 最近いつもよりよくきいてたとかそういうわけじゃないんだけど ただ今日のはものすごいリアルで、Charaが完全に私の姉貴肌存在になっていた 実際40代のホントに魅力的な女性としても 一人のシンガーとしても 私にとってはずっとずっと聞き続けるであろう一人だけれど ゆめにでてきたことなんて一度もなかった。 ストーリーはとても変 CharaのLiveに来たんだけど、行き着くまでにゴリラとかライオンのいる草原を抜けなくてはいけなくて なんとか辿り着いて、開演を待つあいだ 席に座ってまっているのだけど なぜかCharaがとなりに座っていて私達は話しながら開演まで休んでいる。 Liveが始まって、途中の休憩か何かで私は外にでるのだけど さっきの草原が怖くて何だか立ち往生していた いきなりCharaが私に言い放つ 「何してんのよ? いいからいきなよ。とにかくたくさんの人と話しな」 そう伝えられて 私は 勢いつけてその草原を走り抜けた。 何度もライオンやチーターやゴリラに食われそうになりながら ほんとにこわくて、泣きながら走った。 その先には赤い鳥居が続いていてそこを通りぬけ お寺の裏についたら変なお祭りのにぎやかな音が聞こえ ふと目をおとすと誰かが忘れたような袋 そこには数年前からのカレンダーと詩が書かれた紙がたくさん 欲しかったけど それを通り過ぎて もっといくと なんだか薄暗い建物みたいなとこに繋がっていて 進んでみたけど途中で行き止まりになったから 引き返した その途中でまたお寺まで戻ってきたのでお祭りの方面に行ってみた けどもう終わりかけで人々は片付けとかしてた そこで私は数人の人間と少し話したりして そこからまたあの怖い草原を走りぬけて やっとLive会場まで戻ったとき 行きの私と 今の私とでは とても違っていることに気付いた それで、ああCharaがいってたこと はそういうことだったんだ と気付いて それで Live会場に入った そしたらもうLiveがまた始まっていて そおっと入ったつもりなのに ステージからCharaに気付かれて 何故かマイクでステージから私の名を呼ぶ。歌うように。 「まきちゃん やっぱり遅れてきたのね。生意気にも私はこんなことを 知ってるって言ってるみたいね どうして わたしはわたしで あなたは あなたなの でも みんな違くて でも あの大きな魂の下ではみんな一緒なの そういってるみたいね・・・」 そういって唄い、さいごに私の目を強く優しくまっすぐみて、 笑って、消えた。 そこで、はっと目が覚めた。 なんか心臓があまりにどきどきして目が覚めたので 忘れられなくて。 Charaの新曲、とてもせつない "Breaking Hearts http://www.youtube.com/watch?v=8P_8yIz8p9o
今朝 不思議なゆめをみて 休みだというのに 早朝に目が覚める いつも私のゆめは何か言いたげで 正夢も今までに幾度もあったけど いきなりCharaがでてきたのはびっくり 最近いつもよりよくきいてたとかそういうわけじゃないんだけど ただ今日のはものすごいリアルで、Charaが完全に私の姉貴肌存在になっていた 実際40代のホントに魅力的な女性としても 一人のシンガーとしても 私にとってはずっとずっと聞き続けるであろう一人だけれど ゆめにでてきたことなんて一度もなかった。 ストーリーはとても変 CharaのLiveに来たんだけど、行き着くまでにゴリラとかライオンのいる草原を抜けなくてはいけなくて なんとか辿り着いて、開演を待つあいだ 席に座ってまっているのだけど なぜかCharaがとなりに座っていて私達は話しながら開演まで休んでいる。 Liveが始まって、途中の休憩か何かで私は外にでるのだけど さっきの草原が怖くて何だか立ち往生していた いきなりCharaが私に言い放つ 「何してんのよ? いいからいきなよ。とにかくたくさんの人と話しな」 そう伝えられて 私は 勢いつけてその草原を走り抜けた。 何度もライオンやチーターやゴリラに食われそうになりながら ほんとにこわくて、泣きながら走った。 その先には赤い鳥居が続いていてそこを通りぬけ お寺の裏についたら変なお祭りのにぎやかな音が聞こえ ふと目をおとすと誰かが忘れたような袋 そこには数年前からのカレンダーと詩が書かれた紙がたくさん 欲しかったけど それを通り過ぎて もっといくと なんだか薄暗い建物みたいなとこに繋がっていて 進んでみたけど途中で行き止まりになったから 引き返した その途中でまたお寺まで戻ってきたのでお祭りの方面に行ってみた けどもう終わりかけで人々は片付けとかしてた そこで私は数人の人間と少し話したりして そこからまたあの怖い草原を走りぬけて やっとLive会場まで戻ったとき 行きの私と 今の私とでは とても違っていることに気付いた それで、ああCharaがいってたこと はそういうことだったんだ と気付いて それで Live会場に入った そしたらもうLiveがまた始まっていて そおっと入ったつもりなのに ステージからCharaに気付かれて 何故かマイクでステージから私の名を呼ぶ。歌うように。 「まきちゃん やっぱり遅れてきたのね。生意気にも私はこんなことを 知ってるって言ってるみたいね どうして わたしはわたしで あなたは あなたなの でも みんな違くて でも あの大きな魂の下ではみんな一緒なの そういってるみたいね・・・」 そういって唄い、さいごに私の目を強く優しくまっすぐみて、 笑って、消えた。 そこで、はっと目が覚めた。 なんか心臓があまりにどきどきして目が覚めたので 忘れられなくて。 Charaの新曲、とてもせつない "Breaking Hearts http://www.youtube.com/watch?v=8P_8yIz8p9o
シアバターのチカラ
19/12/2009
Wow !! かなりテンションがあがった!! ついこのまえ帰ってしまったけど、数か月ガーナで一緒だったアメリカからきた ボランティアのCoraという女性がいて。 CoraはうちのNGOのプロジェクトのうちのシアバター担当で。 彼女が活動中につくったビデオがNGOのウエブサイトにのることになったうえ、 6分程度のムービーのその仕上がりはもうプロ級!Cora万歳! それがYOU TUBEでも見れるということで、今日はそれを貼り付けます☆ どんな風にガーナ女性リーダーがコミュニティにシアバター事業をもたらしたのか少しみえるはず。 Global Mamasと繋がって契約している団体のリーダーである彼女のインタビュー音声も入っています(英語)
youtube_write('');
それに、最近聞いた話、 フェアトレードとして適正価格でガーナのコミュニティから買っている団体としては、 うちのNGOがガーナ中で販売売上・輸出売上一番になりつつあるらしい!! びっくり・・・ Global Mamasの創始者、Renae(アメリカ人女性)が私のボスなのだけど 彼女の行動力は、ほんとに、すごい の一言です。 この人はいつ寝ているのか、いつ食べているのか不思議なくらい 動きまくってます。そして柔軟。即決。迷わない。 そんな、すごい人のもとで働ける環境は、ありがたい!! もちろん、さすが彼女のNGO、半端なく忙しくて、生易しくはない。 欧米社会のビジネス現場のような環境の中、たまに自分におちることも。 さらにはそれと全く違うガーナ社会・人々にも適応しなくてはいけないので 板挟みのようになることもある。 そういったことのすべてにバランスを取りつつ、人間力も必要! そんでもって、切り替えて、また明日からファイト!で頑張る前向きさも。 がんばろーーーーーーーー!!!!!!! そして、アフリカ。やっぱり、あなたは一筋縄ではいかないね(これについてはまた日記をかきます~)!!! そういえば、Body Shopのシアバター、みんな、すき? 私はすごく好きだった。 Body Shop のシアバターも、ガーナの北部から輸入されているんだよ~。 ガーナは、北と南で全然気候が違くてね、北は本当に乾燥が激しく、 生活するのに南よりは厳しい。 そして、シアの実がとれる木は、北にしかないの。 やっぱり、自然って不思議。そしてよくできている。完璧。 よーくみれば、その土地にあったものが、そこに、 ある。 その土地で生きていくために必要なものが、そこにある。 シアバター事業は、たくさんのガーナ北部の女性たちを支えています。 Global Mamasはその中でも、きちんと彼女たちに適正な給料がバックされているかを 厳しくチェックしつつ、事業をすすめるNGOとして、私は誇りに思います。 1年以内に、北部のシアバターコミュニティを訪ねようと計画中。 その際はもちろん長旅になるので、相当な準備・覚悟をもって。 早く叶うといいな☆
Wow !! かなりテンションがあがった!! ついこのまえ帰ってしまったけど、数か月ガーナで一緒だったアメリカからきた ボランティアのCoraという女性がいて。 CoraはうちのNGOのプロジェクトのうちのシアバター担当で。 彼女が活動中につくったビデオがNGOのウエブサイトにのることになったうえ、 6分程度のムービーのその仕上がりはもうプロ級!Cora万歳! それがYOU TUBEでも見れるということで、今日はそれを貼り付けます☆ どんな風にガーナ女性リーダーがコミュニティにシアバター事業をもたらしたのか少しみえるはず。 Global Mamasと繋がって契約している団体のリーダーである彼女のインタビュー音声も入っています(英語)
youtube_write('');
それに、最近聞いた話、 フェアトレードとして適正価格でガーナのコミュニティから買っている団体としては、 うちのNGOがガーナ中で販売売上・輸出売上一番になりつつあるらしい!! びっくり・・・ Global Mamasの創始者、Renae(アメリカ人女性)が私のボスなのだけど 彼女の行動力は、ほんとに、すごい の一言です。 この人はいつ寝ているのか、いつ食べているのか不思議なくらい 動きまくってます。そして柔軟。即決。迷わない。 そんな、すごい人のもとで働ける環境は、ありがたい!! もちろん、さすが彼女のNGO、半端なく忙しくて、生易しくはない。 欧米社会のビジネス現場のような環境の中、たまに自分におちることも。 さらにはそれと全く違うガーナ社会・人々にも適応しなくてはいけないので 板挟みのようになることもある。 そういったことのすべてにバランスを取りつつ、人間力も必要! そんでもって、切り替えて、また明日からファイト!で頑張る前向きさも。 がんばろーーーーーーーー!!!!!!! そして、アフリカ。やっぱり、あなたは一筋縄ではいかないね(これについてはまた日記をかきます~)!!! そういえば、Body Shopのシアバター、みんな、すき? 私はすごく好きだった。 Body Shop のシアバターも、ガーナの北部から輸入されているんだよ~。 ガーナは、北と南で全然気候が違くてね、北は本当に乾燥が激しく、 生活するのに南よりは厳しい。 そして、シアの実がとれる木は、北にしかないの。 やっぱり、自然って不思議。そしてよくできている。完璧。 よーくみれば、その土地にあったものが、そこに、 ある。 その土地で生きていくために必要なものが、そこにある。 シアバター事業は、たくさんのガーナ北部の女性たちを支えています。 Global Mamasはその中でも、きちんと彼女たちに適正な給料がバックされているかを 厳しくチェックしつつ、事業をすすめるNGOとして、私は誇りに思います。 1年以内に、北部のシアバターコミュニティを訪ねようと計画中。 その際はもちろん長旅になるので、相当な準備・覚悟をもって。 早く叶うといいな☆
さようなら、ありがとう2009
さようなら、ありがとう2009年。
また一年が過ぎようとしているね。
どこにいても、時間はみんなに平等にすぎていく。
私のクリスマスは、音楽活動からスタートしました。
実際の要請内容に沿った活動とは別に、自分たちで自発的に動いて決めたこと。
ガーナ中の子どもたちと音楽で繋がろう、一緒に楽しもうって。
とくに孤児院や病院を、まず回りたいねって。
それで、ある大きな病院から許可をもらい、バスで2時間かけて、子どもたちの病棟に向かったんだ。
サックス・ピアノ・サンシン・歌・タンバリン・カスタネット・鈴、、とそれぞれのパートに分かれて、クリスマスソングや、日本のうた、ガーナのうた、を歌った。
私はサンシン担当で。
婦長さんも踊る・踊る、で、本当に楽しかった。
付き添いのお母さんたちも、子どもを抱えて踊ってくれた。
とても一言ではくくることのできない思いを、感じた。
だって一人ではきっと何もできなかった。
人が集まってできるそのパワーって、本当にすごい、と思った。
そのチカラは悪にも善にもなる恐ろしさがあるけれど。
でも、奇跡ってやつはきっとここから起きるんだ。そう思う。
大きなムーブメントはほんの小さなことから始まるのと一緒。
許可を得ることが難しい場所もあるけれど
来年も、きっとこの活動を続けようと思う。
音楽のパワーを私は信じてるから。
みんなの2009年はどんなだった?
きっとそれぞれの物語がたくさんあったよね。
また新しいページをめくる2010年。
もうかえらないその時間を その一瞬を
よりシアワセに生きたい
そう願うことは世界中みんな一緒。
どんなゴールにたどり着いたのか?どんな仕事もってどんな家に住んでとか・・?
そんなの問題じゃない。
自分だけが知っている「真摯に思っていること」への
そこに向かおうとするその「道」こそが、「人生」であるのだから
それがどんな物語であろうとも、山あり谷ありででこぼこ道であろうとも
精一杯生きているのならば、それはその人だけの、かけがえのない成功なのではないかと
おもう。
どれだけたくさん笑ったのか、真剣に泣いたのか。
それが人生なんだ、きっと。
そして自分より大切な人がいる、ということ以上に
幸せってあるのかな?
そんな風に思える人がいるのなら、その人にこそ、素直になろう。
ちゃんと目をみてまっすぐに言いたい。ありがとうと。
何もないところにただ存在して、ただその風景を眺めたりすると
いつも私の心は そういうところに戻った。
きっとそれはこれからも変わらない。
みんなの物語がそれぞれの想いに沿ってゆっくりと確実に
それとともに みんなの無事とシアワセを心から祈ってます。
2009年、本当にありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願いいたします。
ガーナより 真紀
また一年が過ぎようとしているね。
どこにいても、時間はみんなに平等にすぎていく。
私のクリスマスは、音楽活動からスタートしました。
実際の要請内容に沿った活動とは別に、自分たちで自発的に動いて決めたこと。
ガーナ中の子どもたちと音楽で繋がろう、一緒に楽しもうって。
とくに孤児院や病院を、まず回りたいねって。
それで、ある大きな病院から許可をもらい、バスで2時間かけて、子どもたちの病棟に向かったんだ。
サックス・ピアノ・サンシン・歌・タンバリン・カスタネット・鈴、、とそれぞれのパートに分かれて、クリスマスソングや、日本のうた、ガーナのうた、を歌った。
私はサンシン担当で。
婦長さんも踊る・踊る、で、本当に楽しかった。
付き添いのお母さんたちも、子どもを抱えて踊ってくれた。
とても一言ではくくることのできない思いを、感じた。
だって一人ではきっと何もできなかった。
人が集まってできるそのパワーって、本当にすごい、と思った。
そのチカラは悪にも善にもなる恐ろしさがあるけれど。
でも、奇跡ってやつはきっとここから起きるんだ。そう思う。
大きなムーブメントはほんの小さなことから始まるのと一緒。
許可を得ることが難しい場所もあるけれど
来年も、きっとこの活動を続けようと思う。
音楽のパワーを私は信じてるから。
みんなの2009年はどんなだった?
きっとそれぞれの物語がたくさんあったよね。
また新しいページをめくる2010年。
もうかえらないその時間を その一瞬を
よりシアワセに生きたい
そう願うことは世界中みんな一緒。
どんなゴールにたどり着いたのか?どんな仕事もってどんな家に住んでとか・・?
そんなの問題じゃない。
自分だけが知っている「真摯に思っていること」への
そこに向かおうとするその「道」こそが、「人生」であるのだから
それがどんな物語であろうとも、山あり谷ありででこぼこ道であろうとも
精一杯生きているのならば、それはその人だけの、かけがえのない成功なのではないかと
おもう。
どれだけたくさん笑ったのか、真剣に泣いたのか。
それが人生なんだ、きっと。
そして自分より大切な人がいる、ということ以上に
幸せってあるのかな?
そんな風に思える人がいるのなら、その人にこそ、素直になろう。
ちゃんと目をみてまっすぐに言いたい。ありがとうと。
何もないところにただ存在して、ただその風景を眺めたりすると
いつも私の心は そういうところに戻った。
きっとそれはこれからも変わらない。
みんなの物語がそれぞれの想いに沿ってゆっくりと確実に
それとともに みんなの無事とシアワセを心から祈ってます。
2009年、本当にありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願いいたします。
ガーナより 真紀
密輸品とガーナ服 2009
書き納め2009 第一弾 ~密輸品とガーナ服~
Ghana テキスタイル三大会社の一つ、GTPに直撃インタビュー!
~~需要が減少!ガーナ服の危機~
全く同じスタイル、同じデザインの服が2つあり、一方が高額、一方が安値であったなら、あなたはどちらを買うだろうか?
あなたのまわりに安く美しい輸入服がやってきたら、あなたはそれを無視できるだろうか?
よっぽど余裕がない限り、安ければ安いほど家計は助かる。そりゃ、安いほうがいいに決まってる。大富豪でもない限り、そう思うことは極めて普通のこと。消費者に悪気などあるわけはなく、必死で生きる私達はなるべく安いものを買いたいと思う。
しかしその行動が、じわじわと伝統の一つを押し潰す勢いにまで膨れ上がっていることなど、消費者には気付くはずもない。消費者の弱みをコントロールしている「闇」がたくさんありすぎるのだ。
毎週日曜日のガーナ。人口の大半がキリスト教を占めるこの国では、週末の教会行事は欠かせない。大切な社交場とも言える場所だ。その日に限っては、正装。色とりどりのガーナドレス・ガーナ服、女性のスカーフの巻き方も個人差があってとても美しい。艶やかな黒い肌に、太陽にも負けないくらいの鮮やかな色の布。伝統柄のパレード。そんな人々で溢れ、道を歩いているだけでも楽しい。
しかしその楽しみも、週末に限られる。
近年のガーナは、明らかに欧米の波が押し寄せ、若いガーナ人の美的感覚はガーナ服から欧米の服へ、伝統音楽から欧米の音楽へ、と移行しているように思われる。以前は女性はスカートのみを(ロングが通常)はくはずだったのが、今はどうだろうか。年配の女性でさえ、ズボンをはいていたりもする。
そのことがガーナのテキスタイル協同組合の中で非常に危険視されていることが数ヶ月前のTVで流れていた。売上が伸び悩み、つまり人々の布の買い方が変わり、需要もかなり減ってきているという。
あの美しい伝統服は一体どこへ行ってしまうのか。少しずつ忘れられていくのか。
そんな不安を抱え、ふと聞いてみたくなったのである。
伝統服を支えるガーナの三大テキスタイル会社の一つ、GTPは現状をどのように受け止めているのだろうか。そして、直撃インタビューに赴いたのである。
最初の入口を抜けて少し歩くと、この正式な入口につきあたる。
出迎えてくれたのは Kofi E. Bayitse, Human Resource Director。
1ミリも笑わないその姿勢に威厳と恐怖を感じつつ、なんとか笑顔で挨拶と握手を交わし席に着いた。余分な話などする余裕はなさそうである。早速、単刀直入に質問を開始した。
― 近年のガーナにおいて、欧米服を好む人々が増加しているようにみえます。まるで伝統服を忘れていくようにもみえます。あなたはどのように感じますか?それはGTPに影響を及ぼしましたか?
それを聞いた瞬間にDirectorの顔に一瞬笑みがこぼれた。諦めにも似たような、もうだいぶそのことで大変だったようななんとも深い笑みが。そしてたくさんのことを話してくれたのである。
「一番の原因は“密輸”などの違法な貿易だ。一体どのようにして入ってくるのかは分からないが、多くは中国からのものだ。その密輸品として多いのが洋服と煙草。そういったものは正式な輸入品ではないので税金を払っていない。そのことからも、販売者は安く売ることができる。競争相手となるものはいつも外からやってくる。しかし、たとえば国境線のすべてにセキュリティをつけることができないように、完全にそれらを防ぐのも難しい。それらを止める術がない、という事実がまず一つ。」
先進国からの善意の中古服でさえ、現地服商人たちを苦しめているという、どこかの国の記事を思い出した。
善意の中古服は原価ゼロ状態で送られてくるわけだから、販売者は現地服よりも格安で売ることができるのは当然だ。そして人々はそちらに洪水のように流れていく。
「それから、“コピー品”だ。アルファベットを一文字だけ変えていかにもそのブランドのように売る。GTP独自のデザインもコピーされて、似たようなものがたくさん出回っている。そしてそれは安い。デザインがはぼ一緒なんだ、そしたらどちらを買うかなんて明らかだろう?」
― それらに対してどのような対策を考えていますか?何かアイディアがありますか?
「GTP独自のデザインを今後変えたり、コピー品との質の違いを広告で大衆に知らせるなど。他にも、政府機関に協力を求め、密輸を難しくさせるような政策をつくることも挙げられるね。Cultural Identity をもっと確立させたい。ガーナ人らしくあってほしい。と同時に、欧米のスタイルを使用しつつも柄はアフリカンデザインを使うということも考えている。」
― それは一つの解決策にもなりそうですね。10年前のガーナは今の状況とは違っていたと思いますが。需要はどのように変化しましたか。
「そうだね、10年前は全然違ったよ。今では6ヤードきちんと買うのは年配女性が主で(正装のガーナドレスを作るには、スカーフやドレスの上から巻く布を含めて6ヤード購入が正式。)、若い女性は上着かスカートのどちらかだけの為にだけ購入、というように、一度に買うヤード数が減ってきている。」
― なるほど。それでは、コピーされた安い布とGTPの布の違いを教えていただけますか。
「着用回数にもよるが、GTPの布は厚く質が良いので何度洗っても頑丈だ。毎日着込んだとしても1~2年は持つ。しかし安価なほうはすぐに破れる。そしてGTPの布は水洗いしても色があせない。」
― 布地はどこから仕入れているのですか?ガーナ国内からですか?
「いや違う。昔は、ガーナ北部で綿が採れた。アコソンボにも綿の工場があったが閉鎖してしまった。今では、編んだだけの状態の100%コットン(=Gray Clothと呼ばれる)を主に中国から、他にもインドやタイから輸入している。そしてガーナで脱色し、真っ白の状態にする。この状態のときの布を“Calico”
という。その後、色を足していく仕組みだ。」
― 三大会社の一つ、ATLやGTMCとの布の違いは何でしょうか。
「他社の布も質は良い。しかし両側共にプリントが施されているのがGTPで、片面しかプリントされていないのがATLやGTMCのもので、それらはFancy Waxと呼ばれる。」
― GTPの資本元はどこでしょうか。ガーナですか、それとも海外でしょうか。そしてGTPはどのようにして経営をスタートさせることができたのでしょうか。
「工場がスタートしたのは1968年だった。その時はガーナ政府によって始まり、後に食品などの会社とガーナ政府が共同でシェアを持つという形で経営され、100%民間経営ではなかった。1994年に工場が閉鎖となってしまったのだが、オランダの会社が買収し、彼らの指揮のもとにまた製造が始まった。今でも本社はオランダにある。(名前はGTPではない。)しかし工場はガーナ国内にしかなく、14の倉庫を国内に持っている。」
― 外国に輸出はしていますか?
「西アフリカ諸国だけだね。トーゴ・ベニン・コートジボワールの3ヶ国だ。なぜなら、趣向が西アフリカ同士で似ているからだ。東アフリカは全く違うので輸出はできない。」
さらに内部の見学を申し出てみたところ、撮影は厳禁で許可がおりた!
整然と並ぶ、巨大な工場に足を踏み入れた。
入口付近にはGTP社員専用の病院とシャワー室などが設けられていた。いかに危険が伴う仕事かも理解できたので、納得の設備である。
GTPの製造は大体、マーケット用・Woodin用・個人オーダー用(学校などの制服等)と分かれているが、最初の工程は一緒である。
大量のGray Clothが次々にどでかい回転アイロンのようなものに吸い込まれ、空中高く配置されたパイプのようなものに沿って、ものすごい勢いで次の機械へと吸い込まれる。
そこで丁寧に洗浄され、次の機械では化学製品によって脱色され(茶色の水が勢いよく流れ続けていた)、その後また大きな機械を通したあと、まっ白い状態の布(Calicoという)になったものがまたすごい勢いで巨大な箱に積まれてゆく。
その後、隣の工場に渡り、WAXの巨大な機械が登場。WAXのもととなっている茶色の透き通った塊をやはりアジアから輸入しているようである。それも安くないとのこと。そのWAXを溶かす機械もあった。
まずは基礎となるプリントが彫刻のように刻まれた巨大ローラーとWAXで布に模様をつける基盤ができてゆく。
その後、布のベースの色別に、自動機械に吊るされ染色コーナーに入れられる。30分おきに一度吊りあげられ、また漬ける。その繰り返し。そして乾燥機に入る。
驚愕したのが、2回目からの色・プリントがすべて「手作業」であったこと。信じられないほどのスピードと正確さで、次々とスタンプを押す作業員。その大きなスタンプにはこれまた彫刻のように柄が刻まれており、それ用の染色料に一度浸けてから所定の位置に押していく。この連続作業ははっきりいって、女性にはかなりきついと思われる。
しっかりしたWAXのおかげで、両面に色とプリントがはっきり施された布は、また違う工場で巨大アイロンへと運ばれる。その近くで、Woodin用の染色も行われていた。
柄となるそのスタンプは一体どうやって作っているのか?
GTP専用のデザイン室にはたくさんのデザインボードがあり、下書きが描かれている。それに沿って、小さい電動のこぎりの様な機械を作業員が手と足で操作し、カットしてゆく。その作業も大変!でもたくさんの美しい柄が眩しかった。
乾燥・洗浄・アイロン等の最終段階を終えた大量の布はまた隣の工場をへ運ばれ、そこでマーケット・Woodin・個人用と分かれ、手作業で作業員がたたみ、ラベルをつけていく。ここで初めて女性作業員を数人見かけた。
これが終わるとそのまま出荷へ。
最後に、WAX用の巨大ローラーに施された柄がどうやってできるのかを見せてもらった。
最初に、透明のフィルムにコンピューターでデザインが映される。その透明フィルムをローラーに手で巻きつけ、専用の光に回転させながらあてる。そうすると、デザインの部分が、ローラーに反映される。その後、化学薬品のシャワーのような機械にそのローラーを入れて一定時間浸すと、そのデザインの部分以外は溶けて、結果機械のように正確なデザインがローラーに施されるという仕組み。
もちろん再利用もばっちり。使用後のローラーはまた専用のシャワー室に入れられ、再度メッキをつけ、また新しいデザインがつけられるようにする。
すべての工場を出た頃には、自分の体に、黒く小さくねっとりした何かが薄く撒いたように付着していた。
本当に大変な作業である。
帰り道に金の銅像の前を通った。案内役のマークは言う。
「WoodinをGTPにもたらしたのはこのフランス人マネジャーだったんだ。長いこと勤めていたが、つい最近辞職したので今はオランダ人マネジャーだよ」
GTPの「夢」は何かをDirectorに尋ねた。
「西アフリカで最大規模のテキスタイル製造業者になりたいね。ナイジェリアに比べたらまだまだ小さいが、それでも西アフリカでアフリカンプリントといえば“GTP”と呼ばれるようになりたいね!」
と笑顔で語ってくれた。GTPならきっとそうなれるはず!
感謝と応援の言葉をあとにした私たちに、突然のプレゼント。GTPの布を2ヤードお土産にいただいてしまいました。
本当に、素敵な会社でした。
きっとその「夢」が叶うように、伝統服がなくなってしまわぬように、願ってGTPをあとにしたのでした。
* **************
このインタビューから数か月後。
ガーナ人の友人の友人で、裁判関係の仕事に就いている人に出会い、この話をしたら、
興味深い証言が!
「そうそう、密輸の服などは、大体トーゴからだよ。トーゴのある港は、合法か違法かなんて全く関係なく出入りできる無法地帯なんだよ。だから、中国やいろんな国からの密輸品は、まずトーゴに入り、ガーナ人はその港まで取りにいくんだ。で、トーゴとガーナの国境にはセキュリティの薄い場所がいっぱいあるから、そこからガーナに戻り、商品をそれぞれ自分のうちなどに持ち帰り、後日売りさばくわけだよ。」
ああ。。。。。なるほどね。。。。。
その大量の密輸品で生活している媒介人や、それを必至の思いで受け取ってそれで生活しているガーナの人々の数を想像したときに
私は、一体何が正しいのか、どうするべきなのか わからなくなる。
そういった密輸品がもう何年も続いて、ガーナの生活になくてはならない供給品として人々に密着していて、
人々はそれを楽しんでいて、それがなくなったら困るという人がいるだろう。
密輸でも違法でも何でもいいから、今はそれが必要なんだというかもしれない。
ガーナを本当に変えることができるのは、ガーナ人自身であるのに。
でも、変える必要なんてないという人もたくさんいるだろう。
それに。もう密輸品がこれだけ流れ込んでしまった以上は、完全になくすことは無理かもしれない。
でも、これだけはやっぱりガーナ人に伝えたい。
そのつもりはなくても、その行動が
こうやって、自分たちの手で自分たちの価値ある文化や伝統を少しずつ薄れさせているんだってこと。
それはどこかの国の誰かが仕組んだわなのようなもので、知らないうちに自分たちは巻き込まれていたんだよってこと。
ここにある、自分たちにしかつくれない美しさを忘れないでほしい。
それさえしっかりあれば、きっと欧米文化がもっと流れ込んでも、バランスを保てるかもしれないから。
こういうとき、いつも自分の母国、日本を思い出す。
日本は戦後たった60年で、どっぷりと欧米文化に浸かり、それを満喫したけれども、
いったい何を失って、何を保てただろうか?
私は日本人として、その文化の美しさを、誇りを、自分の中にちゃんと保てているのだろうか。
それを問うことも 忘れないでいたい。
Ghana テキスタイル三大会社の一つ、GTPに直撃インタビュー!
~~需要が減少!ガーナ服の危機~
全く同じスタイル、同じデザインの服が2つあり、一方が高額、一方が安値であったなら、あなたはどちらを買うだろうか?
あなたのまわりに安く美しい輸入服がやってきたら、あなたはそれを無視できるだろうか?
よっぽど余裕がない限り、安ければ安いほど家計は助かる。そりゃ、安いほうがいいに決まってる。大富豪でもない限り、そう思うことは極めて普通のこと。消費者に悪気などあるわけはなく、必死で生きる私達はなるべく安いものを買いたいと思う。
しかしその行動が、じわじわと伝統の一つを押し潰す勢いにまで膨れ上がっていることなど、消費者には気付くはずもない。消費者の弱みをコントロールしている「闇」がたくさんありすぎるのだ。
毎週日曜日のガーナ。人口の大半がキリスト教を占めるこの国では、週末の教会行事は欠かせない。大切な社交場とも言える場所だ。その日に限っては、正装。色とりどりのガーナドレス・ガーナ服、女性のスカーフの巻き方も個人差があってとても美しい。艶やかな黒い肌に、太陽にも負けないくらいの鮮やかな色の布。伝統柄のパレード。そんな人々で溢れ、道を歩いているだけでも楽しい。
しかしその楽しみも、週末に限られる。
近年のガーナは、明らかに欧米の波が押し寄せ、若いガーナ人の美的感覚はガーナ服から欧米の服へ、伝統音楽から欧米の音楽へ、と移行しているように思われる。以前は女性はスカートのみを(ロングが通常)はくはずだったのが、今はどうだろうか。年配の女性でさえ、ズボンをはいていたりもする。
そのことがガーナのテキスタイル協同組合の中で非常に危険視されていることが数ヶ月前のTVで流れていた。売上が伸び悩み、つまり人々の布の買い方が変わり、需要もかなり減ってきているという。
あの美しい伝統服は一体どこへ行ってしまうのか。少しずつ忘れられていくのか。
そんな不安を抱え、ふと聞いてみたくなったのである。
伝統服を支えるガーナの三大テキスタイル会社の一つ、GTPは現状をどのように受け止めているのだろうか。そして、直撃インタビューに赴いたのである。
最初の入口を抜けて少し歩くと、この正式な入口につきあたる。
出迎えてくれたのは Kofi E. Bayitse, Human Resource Director。
1ミリも笑わないその姿勢に威厳と恐怖を感じつつ、なんとか笑顔で挨拶と握手を交わし席に着いた。余分な話などする余裕はなさそうである。早速、単刀直入に質問を開始した。
― 近年のガーナにおいて、欧米服を好む人々が増加しているようにみえます。まるで伝統服を忘れていくようにもみえます。あなたはどのように感じますか?それはGTPに影響を及ぼしましたか?
それを聞いた瞬間にDirectorの顔に一瞬笑みがこぼれた。諦めにも似たような、もうだいぶそのことで大変だったようななんとも深い笑みが。そしてたくさんのことを話してくれたのである。
「一番の原因は“密輸”などの違法な貿易だ。一体どのようにして入ってくるのかは分からないが、多くは中国からのものだ。その密輸品として多いのが洋服と煙草。そういったものは正式な輸入品ではないので税金を払っていない。そのことからも、販売者は安く売ることができる。競争相手となるものはいつも外からやってくる。しかし、たとえば国境線のすべてにセキュリティをつけることができないように、完全にそれらを防ぐのも難しい。それらを止める術がない、という事実がまず一つ。」
先進国からの善意の中古服でさえ、現地服商人たちを苦しめているという、どこかの国の記事を思い出した。
善意の中古服は原価ゼロ状態で送られてくるわけだから、販売者は現地服よりも格安で売ることができるのは当然だ。そして人々はそちらに洪水のように流れていく。
「それから、“コピー品”だ。アルファベットを一文字だけ変えていかにもそのブランドのように売る。GTP独自のデザインもコピーされて、似たようなものがたくさん出回っている。そしてそれは安い。デザインがはぼ一緒なんだ、そしたらどちらを買うかなんて明らかだろう?」
― それらに対してどのような対策を考えていますか?何かアイディアがありますか?
「GTP独自のデザインを今後変えたり、コピー品との質の違いを広告で大衆に知らせるなど。他にも、政府機関に協力を求め、密輸を難しくさせるような政策をつくることも挙げられるね。Cultural Identity をもっと確立させたい。ガーナ人らしくあってほしい。と同時に、欧米のスタイルを使用しつつも柄はアフリカンデザインを使うということも考えている。」
― それは一つの解決策にもなりそうですね。10年前のガーナは今の状況とは違っていたと思いますが。需要はどのように変化しましたか。
「そうだね、10年前は全然違ったよ。今では6ヤードきちんと買うのは年配女性が主で(正装のガーナドレスを作るには、スカーフやドレスの上から巻く布を含めて6ヤード購入が正式。)、若い女性は上着かスカートのどちらかだけの為にだけ購入、というように、一度に買うヤード数が減ってきている。」
― なるほど。それでは、コピーされた安い布とGTPの布の違いを教えていただけますか。
「着用回数にもよるが、GTPの布は厚く質が良いので何度洗っても頑丈だ。毎日着込んだとしても1~2年は持つ。しかし安価なほうはすぐに破れる。そしてGTPの布は水洗いしても色があせない。」
― 布地はどこから仕入れているのですか?ガーナ国内からですか?
「いや違う。昔は、ガーナ北部で綿が採れた。アコソンボにも綿の工場があったが閉鎖してしまった。今では、編んだだけの状態の100%コットン(=Gray Clothと呼ばれる)を主に中国から、他にもインドやタイから輸入している。そしてガーナで脱色し、真っ白の状態にする。この状態のときの布を“Calico”
という。その後、色を足していく仕組みだ。」
― 三大会社の一つ、ATLやGTMCとの布の違いは何でしょうか。
「他社の布も質は良い。しかし両側共にプリントが施されているのがGTPで、片面しかプリントされていないのがATLやGTMCのもので、それらはFancy Waxと呼ばれる。」
― GTPの資本元はどこでしょうか。ガーナですか、それとも海外でしょうか。そしてGTPはどのようにして経営をスタートさせることができたのでしょうか。
「工場がスタートしたのは1968年だった。その時はガーナ政府によって始まり、後に食品などの会社とガーナ政府が共同でシェアを持つという形で経営され、100%民間経営ではなかった。1994年に工場が閉鎖となってしまったのだが、オランダの会社が買収し、彼らの指揮のもとにまた製造が始まった。今でも本社はオランダにある。(名前はGTPではない。)しかし工場はガーナ国内にしかなく、14の倉庫を国内に持っている。」
― 外国に輸出はしていますか?
「西アフリカ諸国だけだね。トーゴ・ベニン・コートジボワールの3ヶ国だ。なぜなら、趣向が西アフリカ同士で似ているからだ。東アフリカは全く違うので輸出はできない。」
さらに内部の見学を申し出てみたところ、撮影は厳禁で許可がおりた!
整然と並ぶ、巨大な工場に足を踏み入れた。
入口付近にはGTP社員専用の病院とシャワー室などが設けられていた。いかに危険が伴う仕事かも理解できたので、納得の設備である。
GTPの製造は大体、マーケット用・Woodin用・個人オーダー用(学校などの制服等)と分かれているが、最初の工程は一緒である。
大量のGray Clothが次々にどでかい回転アイロンのようなものに吸い込まれ、空中高く配置されたパイプのようなものに沿って、ものすごい勢いで次の機械へと吸い込まれる。
そこで丁寧に洗浄され、次の機械では化学製品によって脱色され(茶色の水が勢いよく流れ続けていた)、その後また大きな機械を通したあと、まっ白い状態の布(Calicoという)になったものがまたすごい勢いで巨大な箱に積まれてゆく。
その後、隣の工場に渡り、WAXの巨大な機械が登場。WAXのもととなっている茶色の透き通った塊をやはりアジアから輸入しているようである。それも安くないとのこと。そのWAXを溶かす機械もあった。
まずは基礎となるプリントが彫刻のように刻まれた巨大ローラーとWAXで布に模様をつける基盤ができてゆく。
その後、布のベースの色別に、自動機械に吊るされ染色コーナーに入れられる。30分おきに一度吊りあげられ、また漬ける。その繰り返し。そして乾燥機に入る。
驚愕したのが、2回目からの色・プリントがすべて「手作業」であったこと。信じられないほどのスピードと正確さで、次々とスタンプを押す作業員。その大きなスタンプにはこれまた彫刻のように柄が刻まれており、それ用の染色料に一度浸けてから所定の位置に押していく。この連続作業ははっきりいって、女性にはかなりきついと思われる。
しっかりしたWAXのおかげで、両面に色とプリントがはっきり施された布は、また違う工場で巨大アイロンへと運ばれる。その近くで、Woodin用の染色も行われていた。
柄となるそのスタンプは一体どうやって作っているのか?
GTP専用のデザイン室にはたくさんのデザインボードがあり、下書きが描かれている。それに沿って、小さい電動のこぎりの様な機械を作業員が手と足で操作し、カットしてゆく。その作業も大変!でもたくさんの美しい柄が眩しかった。
乾燥・洗浄・アイロン等の最終段階を終えた大量の布はまた隣の工場をへ運ばれ、そこでマーケット・Woodin・個人用と分かれ、手作業で作業員がたたみ、ラベルをつけていく。ここで初めて女性作業員を数人見かけた。
これが終わるとそのまま出荷へ。
最後に、WAX用の巨大ローラーに施された柄がどうやってできるのかを見せてもらった。
最初に、透明のフィルムにコンピューターでデザインが映される。その透明フィルムをローラーに手で巻きつけ、専用の光に回転させながらあてる。そうすると、デザインの部分が、ローラーに反映される。その後、化学薬品のシャワーのような機械にそのローラーを入れて一定時間浸すと、そのデザインの部分以外は溶けて、結果機械のように正確なデザインがローラーに施されるという仕組み。
もちろん再利用もばっちり。使用後のローラーはまた専用のシャワー室に入れられ、再度メッキをつけ、また新しいデザインがつけられるようにする。
すべての工場を出た頃には、自分の体に、黒く小さくねっとりした何かが薄く撒いたように付着していた。
本当に大変な作業である。
帰り道に金の銅像の前を通った。案内役のマークは言う。
「WoodinをGTPにもたらしたのはこのフランス人マネジャーだったんだ。長いこと勤めていたが、つい最近辞職したので今はオランダ人マネジャーだよ」
GTPの「夢」は何かをDirectorに尋ねた。
「西アフリカで最大規模のテキスタイル製造業者になりたいね。ナイジェリアに比べたらまだまだ小さいが、それでも西アフリカでアフリカンプリントといえば“GTP”と呼ばれるようになりたいね!」
と笑顔で語ってくれた。GTPならきっとそうなれるはず!
感謝と応援の言葉をあとにした私たちに、突然のプレゼント。GTPの布を2ヤードお土産にいただいてしまいました。
本当に、素敵な会社でした。
きっとその「夢」が叶うように、伝統服がなくなってしまわぬように、願ってGTPをあとにしたのでした。
* **************
このインタビューから数か月後。
ガーナ人の友人の友人で、裁判関係の仕事に就いている人に出会い、この話をしたら、
興味深い証言が!
「そうそう、密輸の服などは、大体トーゴからだよ。トーゴのある港は、合法か違法かなんて全く関係なく出入りできる無法地帯なんだよ。だから、中国やいろんな国からの密輸品は、まずトーゴに入り、ガーナ人はその港まで取りにいくんだ。で、トーゴとガーナの国境にはセキュリティの薄い場所がいっぱいあるから、そこからガーナに戻り、商品をそれぞれ自分のうちなどに持ち帰り、後日売りさばくわけだよ。」
ああ。。。。。なるほどね。。。。。
その大量の密輸品で生活している媒介人や、それを必至の思いで受け取ってそれで生活しているガーナの人々の数を想像したときに
私は、一体何が正しいのか、どうするべきなのか わからなくなる。
そういった密輸品がもう何年も続いて、ガーナの生活になくてはならない供給品として人々に密着していて、
人々はそれを楽しんでいて、それがなくなったら困るという人がいるだろう。
密輸でも違法でも何でもいいから、今はそれが必要なんだというかもしれない。
ガーナを本当に変えることができるのは、ガーナ人自身であるのに。
でも、変える必要なんてないという人もたくさんいるだろう。
それに。もう密輸品がこれだけ流れ込んでしまった以上は、完全になくすことは無理かもしれない。
でも、これだけはやっぱりガーナ人に伝えたい。
そのつもりはなくても、その行動が
こうやって、自分たちの手で自分たちの価値ある文化や伝統を少しずつ薄れさせているんだってこと。
それはどこかの国の誰かが仕組んだわなのようなもので、知らないうちに自分たちは巻き込まれていたんだよってこと。
ここにある、自分たちにしかつくれない美しさを忘れないでほしい。
それさえしっかりあれば、きっと欧米文化がもっと流れ込んでも、バランスを保てるかもしれないから。
こういうとき、いつも自分の母国、日本を思い出す。
日本は戦後たった60年で、どっぷりと欧米文化に浸かり、それを満喫したけれども、
いったい何を失って、何を保てただろうか?
私は日本人として、その文化の美しさを、誇りを、自分の中にちゃんと保てているのだろうか。
それを問うことも 忘れないでいたい。
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